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2004年12月22日

人間が人のために尽くす意味

今、切込隊長氏やその他多くのブログでニートに関する話が出てきている。
その中で、やはりというかなんというか、人間が望む物は何かとか、社会と個人との関係とかの話も現れてきている。

たまたま最近読んだ本の中で、人間が成人し、子供を産み育てた後にも生き続けて活動し続けることについては生物学的に謎の部分だったという話があった。生物は自分の遺伝子をより高い確率で残すということが第一の目的であって、そのための活動を終えたならば通常は死んでしまっても構わないということらしい。

それが、人間という生き物は個体としての遺伝子を残すことを終えると、その先はその遺伝子が属する社会単位のために行動し、より遺伝子を残す確率を高めるようになるのだという。人間が他人のために行動するという一見不可解な行為は、まさにこのためにしているというわけだ。

この理屈から言えば、当然、人間以外の生き物だってそのようにしていいはずだ。しかし、人間とそれ以外の生き物の決定的な違いは、将来を認識できるかどうかだという。

チンパンジーやオランウータンですら、せいぜいその日までのことしか認識できないという。その先まで考えることが出来ないから、人間のように高度な社会を構築するようにはならないわけだ。

一方で、つい最近の研究で、「うつ」というのは将来を想像する能力についての何らかの欠陥が原因であるというようなニュースがあったことを思い出す。確かに、将来を想像することが出来るからこそ、今何かを学んだり、経験を積んだり、技術を身につけたりという即座には腹を満たさない行動もすることができる。将来が想像できなければ、学習も、勤労もすることは困難だろう。

つまり、正常な、将来を認識できる人間であれば本能に従って社会的な生き方をすることが出来るが、それが出来ないということは、将来を認識する能力やそれに関連する能力に何らかの欠損があるかも知れないということが言える。

その能力は、脳のある部分が関係しているという。しかし、脳自体に障害を抱えた人間がそんなにいるというのは不自然すぎるし、そうではないだろう。生きるために必要な物でも、例えば筋肉は使わなければ嫌でも衰えるし、栄養不足で弱ることもある。それに似たようなことがたくさんの人の脳の中で起こってきているのではないかと個人的には思っているのだが、どうだろうか。そうだとすれば、解決策はそれほど難しくはない(大変ではあるだろうが)。

投稿者 so-go : 2004年12月22日 17:57

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