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2006年02月01日
格差格差言うけども
議論はもの凄くいい加減なのよね。
別に格差があること自体は悪くなくて、悪平等主義に陥る方がよほど悪いと。これはまあその通り。ただ、格差って言ったっていろんな形があるわけで、資本主義の結果としての格差は社会全体の効率を上げる上でのバランスだからそれでいいわけだけど、賄賂、天下り等に代表されるように、権力による搾取から生まれる格差は思いっきり否定されるべき性格のものだ。(注:権力ってのはただ単に政府に関係した権力ってわけじゃなくてあらゆる社会的な権力のことを指すわけだが)
平等で完全に格差がないことは別に理想でも何でもなくて、底辺を底上げすることこそが目的なわけで、上はいくら高くたって何も問題はないわけである。それをフラットにしようとしたらそれまでの底辺より下がっちゃったっていうんじゃもの凄い勢いで無意味であり、そんなもんを目指す意味なんてどこにもないわけである。
平等についても各人で定義がぜんぜん違ったりしてそのまま議論をおっ始めてもすれ違うばかりだし、平等を目指した当初の目的すら見失って平等自体が目的になってる人とかもかなりの割合で存在しちゃったりするし、何のために議論するのかさえ判然としない議論もある。
自分の考える平等というのは、能力に応じた仕事があり、仕事に応じた報酬があるということであり、人によって能力も仕事も報酬も違うのは当たり前であるということであるが、この考えは意外と少数派だったりしてたまに現実に目の当たりにするとげんなりする。
能力のある人間にはそれに応じてレベルの高い仕事をしてもらわないと社会は停滞する。その仕事を均等に割り振ってできるものではない。能力の高い人間が社会全体を引っ張ることはその社会に属する人間全ての豊かさ、幸福へと繋がる。しかしただ「おまえ能力があるから難しい仕事やれ」っつってもやりたくないだろうし、だから高い報酬がなければそのシステムは成立しないわけで。で、それぞれが働きに応じた報酬をもらうわけだから平等じゃん、ということで。能力に相応しくない高いレベルの仕事をさせられたらそりゃ苦痛だろうし、全ての人間が同じような仕事をするのはどう考えても平等ではない。それを悪平等主義と呼ぶわけだけれども。
日本人は一般人の所得が非常に高いと言われているが、それは為替レートという眼鏡を通しての話であって、日本で所得3万ドルの人間と欧米で所得2万ドルの人間のどちらが豊かに生活しているか。もっと言えば韓国で所得1万ドルの人間はどうか。単純に所得格差が広がって低所得層の所得の額面が減るから駄目というのではなく、この世の中のどこが変わったら全員が豊かに生活できるのかという考え方をすべきなんじゃないかと思う。
投稿者 so-go : 2006年02月01日 21:51
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コメント
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saramartisakis kulturenostro
投稿者 Buy Ambien : 2010年02月17日 19:20